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          メール・マガジン

     「FNサービス 問題解決おたすけマン」

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    ★第074号       ’01−01−12★

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     お年賀

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●明けまして

おめでとうございます。  本年もどうか宜しく、、

 

と切り出すのが世間並みというものでしょうな。  リクツっぽい私

でも、ご近所の皆さんには一応そんな風に申し上げております。 が、

 

よく知り合った相手には、平常通りオハヨウゴザイマス、コンニチワ。

ついでにわざと、訊き返したりしちゃう。 「え? 何でしたっけ?

別に良いこと、私にはありませんでしたけど、、」

 

ヘンな奴だ、という定評は当然の報いでしょうな。

 

 

「めでたい」は国語辞書に載っている形容詞で、喜ばしい、美しい、

素晴らしいなどの意。  そのように評価すべき事実が発生したの

ならともかく、いまメデタがるほどのこと、無いじゃありませんか。

 

そして、「お」の付いた「おめでたい」は、、 辞書には無い。

その「お」の一文字が、ずいぶん大きな違いをもたらします。

 

たとえば「付き合い」。 人間同士の交わり。  生きている以上、

誰にとっても欠かせない行為でしが、「お付き合い」となると、、

それこそ<お?義理>。  表面的、形式的な雰囲気。

 

時代劇で「めでたいのう、、」なんて言う時は<一件落着>の事実が

あるから宜しい。  が、別に何も無かったのに「おめでとう」、、

直訳すれば Congratulation!  アチラじゃ理解されないでしょう。

 

「おめでとう」を交わし合う<お年始>も、従って形式本位のコチラ

的行事。  <思考スピードの経営>時代、そんなナンセンスなこと

はやめにして、グローバル風に行きたいものですが、、

 

新年早々のビジネス街をバイクで一走りしてみたら案の定。 ダーク

スーツにしてはタルんだオジサンたちの群が右往左往していました。

 

<ご>挨拶を怠らなければ良くしてもらえる、なんてことはもうあり

得ない。  それは先刻承知、せめてイジメられるのを避けよう程度

の消極的な狙いでしょ?  その姑息さがまた、不滅日本文化的。

 

それを抜け出た人にこそ、心から「いやあ、目出度いね!」と賛辞を

呈したいものですが、そんな機会、あるかどうか。 その時のために

メデタイを無駄遣いせずにいる、、 なんて私は申しております。

 

*   *

 

当然<年賀状は出さない>主義ですが、あれを楽しみとする人のいる

ことが私には不思議。 彼らにすれば、その楽しみを認めない人間が

不思議に見えるのだろうけれど。

 

<出さない主義>だから、年賀状が来ないことに心を煩わせはしない。

が、来るには来る。  で、不本意ながら、少し煩わせることになる。

 

やはり、賀状をくれた人の心情を考えないわけには行きませんからね。

たとえば、何のためにくれるんだ? くらいには。

 

それが是非やり取りを必要とする間柄なら時季を限ることは無いはず

だし、<楽しみ>なら年1回(暑中見舞いとで2回かな?)ではなく、

何回でも楽しめば良かろうに、、  で、この人はどちらかな? と

 

目を凝らしても、、 相手の真意が量れるわけ無い。 どれも似たり

寄ったり。 独創的なんてのは、、無い。  だいたいが、因習への

順応、季節的条件反射行動。 どちらにしたところで創造性に基づく

ものではありませんからね、仕方ない。

 

若い人のは家族の紹介や近況報告の類が多く、年代が上がると決意や

抱負を披瀝する宣言調になったり。  人生の角を曲がり切ったのは

自己陶酔も自己顕示も失せ、基本的<謹賀新年>調に回帰して型通り、

 

*   *   *

 

「旧年中は、、  本年も相変わらず、、」   おい、待ってくれ。

<お世話>した憶えは無いし、してももらわなかったよ。  それが

<相変わらず>また一年、音信不通を続けるつもり、、 ですかね?

 

孔子様は<礼>など時たまで良いとは説かれなかったから、年一度の

<ご>挨拶は言わば<虚礼>。  そんなこと止めるのが<礼>って

もんだぜ、、  なんてからむのもまた礼に反した話、、かな?

 

じゃ思い切り善意の解釈、未だ生きてるよ、のお知らせでしょうか?

それほど疎遠な間柄なら、生きていようがいまいが同じこと。 何か

あれば、風の便りに聞こえて来るものさ。  ご放念下さって結構。

 

ともかく何か、作成・発送のもとになる資料がある。 それに載って

いるんですな、この私が。  すると、つまり、、

 

「未だリストから外してないぞ」の有り難いお知らせだったのか?

載せたのは誰かさんの勝手。  削除されても私は気にしないよ、、

 

*   *   *   *

 

てな考え方はあまりにも情緒が無さ過ぎる、とカミさんには不評な私

ですが、実用一途に生きてきたせいか、意味目的の定かでないものを

受け取らされるのは落ち着かない。  要するに人間が小さいだけ、、

 

と思っていたら、<大きく>構えていて良いらしい、、と解釈できる

記述が見つかりました。 コロンビア大リチャード・クリスティ教授

が「アメリカ社会でのマキャベリズム」なる論文に掲げた、<完全な

操縦者の条件>4項目。  即ち<操縦者の適格性を備えた人>は、

 

 1)俗に言う道徳を気にかけない

 2)クールで、他人に無関心。 

 3)目的だけでなく、その達成手段に大きな関心を抱く

 4)ノイローゼや精神病にならない

 

という。  賀状に対する私の態度は、この1)〜3)で説明がつく。

名乗るほどの度胸はしばらく無くしておりましたが、第一の人生では

ちょっとした<操縦者>だったのは事実ですから。

 

ただし100%<完全な>ではなかった。 4)は(第46号で告白

した通り)我ながらやや心許なく感じられた時期があったので。 

 

*   *   *   *   *

 

要するに、意味なく周囲に影響されて同調しはしないが、合理的説得

には容易に転ぶタチ。  本人は、情緒に流されることが無い、現実

を直視している、主体的・論理的に考えている、、 と思っているが、

 

フツーの人には<冷たい>と映る、、 らしい。 そいつを亭主とし、

耐えて行かなくちゃならない、、  のストレスで肥ってしまう、と

我がフツー女房は常にコボしております。

 

周囲への共感を大切にし、色々なシガラミ<俗に言う道徳>に囚われ、

<寄り道>的人間関係も敢えて排除しない、、 のがフツーなのかも。

それは<従う側>に好適な特性。  女房よ、キミは従えば良いのだ。

 

<年賀はがき>をこの論で解釈すると、やはりフツーの人の習慣、と

いうことですな。  もちろん彼女もせっせと<虚礼>に励み、そこ

は夫婦、私も自説にこだわらず、<印刷>を手伝ったり。 相手次第

ではアッサリ<従う側>に転換する特性でもあるのです。

 

しかしながら、前記<宣言>調の賀状で期待させてくれた人で、宣言

ほどの成果を挙げた例は絶えて無かった。  大したことは出来ない、

と深層で知るが故、逆に立派な言葉で飾ってバランスを取る、、

 

そんな人に<操縦>させたらろくなことにならない、、 でしょうが、

そんなのに限って<従う側>にはなりたがらず、やたら操縦したがる。

政治家がダメなのも、そういう原理なんでしょうね。

 

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●賀状を送る自由

 

があるなら、答えない自由もあり得る。  が、<出さない主義>を

説明すれば言い訳がましくなるし、無応答を通せば無礼と誤解される

虞もある。  そこで考えました。

 

相手さんは何かを期待して発信したのだろうから、それには応えなく

ちゃなるまい。  さて、何を期待なさっているか?

 

相手さんの文面で察しがつけば良いが、たいていはつきません。 で、

ある時、ある基準で抽出した相手に、こう返信してみたのです。  

 

「長らくのご厚誼に感謝しているが、年を経る間、お互い色々な点で

違った道を歩み、今や<共通性>を失っているのではないだろうか。

共通性を欠いたやり取りに意味はあるのか、気に懸かります。

 

たとえば私は<写真・ Hi-Fi・バイク>の3道楽。(第39号参照)

これらのどれかが、あなたの関心と一致するでしょうか?  逆に、

 

グルメ、ファッション、酒、タバコ、ゴルフ、麻雀、カラオケの類、

また音楽も、歌謡曲、演歌、ロック、ゴスペルなどには関心が無く、

従ってお相手つかまつることが出来ません。  悪しからず。

 

もちろん趣味だけの付き合いにするつもりはありませんが、それで

あれば、時折の情報交換はこれまでもあり得たことでしょう。 が、

振り返ると、あなたとはこの何年というもの、、、 」 

 

今後も年賀状を下さるならもちろんそれを喜びとしますが、それに

留まらず、、 と当方の希望を述べたわけ。  しかし、相手様は

そんなの、全く喜びとなさらなかったようで、

 

1名を除き、返信皆無。  賀状もパッタリ。  ほら、やっぱり。

汝もブルータス?!の残念も無くはなかったが、本当に残念がった

のは、、 多分、郵政省だけ、かもね。

 

 

しかし<虚礼>の習慣を国家機関が促進しているこの現実、それを

誰もオカシイと言わないのがオカシイ。  え?<お年玉付き>?

国民をコドモ扱いしやがって、、 とか。

 

ほかの国でこんなことしている例、ありますかね?  宗教絡みの

クリスマス・カードなら当然、グリーティング・カードなるものは

私企業の仕事、<国>のであるわけ無かろう。  国は国力国益の

維持増進に関してのみ、最善を尽くすべきなのだから。

 

その点、我が国のお役所はたとえば<省益>、つまり身内の利益に

つながるようにしかアタマを使わない趣きがある。  外郭団体を、

OBを、及んでは近い将来の自分たちを潤すことに熱心な彼ら、、

 

<年賀はがき>もそのツール。  滅多には働きたがらない彼らが

何故何億枚も売り出し、アルバイトまで雇って配達させるのかね?

儲かるから、でしょうな。  役所が利益を追求するとはねえ、、

 

<彼らでなければならない仕事>に限定しないから人数は減らない、

機構も簡素化されない。  しかも郵政省だけじゃない。  護民

活動はおろそか、悪との戦いにはさらに消極的な警察が、運転免許

証業務には殊更熱心。  また運輸省は車検業務、そして農水省は、、

 

我々、この国の腐った制度の産物に取り巻かれ、搾取されているん

ですぜ。 今回の省庁再編で、何か少しは良くなるでしょうかね?

 

*   *

 

特に<年賀はがき>がメデタクナイのは、それが一種キャンペーン

にされているから。 さあ、その季節。ご挨拶に励みましょう!と。

 

たしかに我々はキャンペーン型。 休みもゴールデン・ウィークや

お盆、一斉でなければ、、の文化です。  ひと様と違った行動や

考え方は無意識に慎む習性。  いや、慎むことを強いる文化。

 

かつて産業界に流行った<全社的運動>もそれ。 参加しない者は

村八分。  少なくとも表面は熱心を装わなければならなかった。

 

「今はこれをやるのだ。 余計なこと考えるな!」 キャンペーン

の本質は<思考禁止>です。  今は考えなくちゃいけない時代、

TQCなどが不人気になったのは、むしろ健全な傾向でした。

 

替わって叫ばれるのは「個の確立!」、「創造性!」etc.  え?

それをキャンペーンで? 全社的に?   自己矛盾だよ、それは。

 

国の<IT化促進!>もその一つ。  IT活用の実態は千差万別。

キャンペーンで一律一斉に、という種類のものじゃない。  個別、

独自に工夫努力しなくちゃ、、

 

なのに依然、年賀はがき?  最も<IT>に密接した役所が?

分かっていないのか、考えもしないのか、改める気が無いのか、、、

とにかく、ミスリーディングな仕業。  腹立たしい。

 

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●職場のリーダーたる

 

あなたはどうなさいましたか、この正月?  年賀はがきを整理し

ながら、<IT時代の年賀について>などお考えでしたかな?

 

職場にもあちこちから、例年通り来ていたんでしょ?  でも枚数

が減ったとか、内容が変わったとか、、  発見、ありましたか?

 

法人の賀状、どんなステートメントから出されたのかな?  多分、

「忘れられそうな相手に何とか憶えていてもらう方法の選定」とか、

積極的でも効果的でもないツマラナイ話、、 になるでしょうな。

 

せめて「自分の年賀状の狙いは何だったか?」、その<狙い>達成

の手段として、それは最適であったか? など考えてみましょうよ。

 

それもアタマの体操です。  怠りなくトレーニングを積み、鍛え

上げておかないと、万一の緊急発進、出来ませんぞ。

 

 

21世紀の初め10年、日本は苦労するだろう、とドラッカー教授

も言われました。  その早々からグダグダ並べたのもウォーム・

アップのお手伝い。  どうかヘコタレルこと無く、また、

 

多少ともそんなお役に立つようであれば、このメール・マガジン、

どうぞ本年もご愛読、お願い申し上げます。

                       ■竹島元一■

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